昔の自分に言いたい事。

2026.09.18
40年程前の昔の自分に言いたい事

 昔、40年ほど前、未来の事、未来の自分を色々考えていた自分に、もし今言えるなら言っておきたいこと、あれこれ書いてみました。

 おそらくアルアルが大多数だとは思いますが、そうでも無い事もあるかな?とは思います。

よくありそうな一般的な話として。

 車は空を飛んでいない。人も空を飛んでないし、一般的ではないが、鳥のように飛ぶ為のアイテムはある。

 人々はスペーシーで未来的な服では無いし、ブランド物では無い。人々の服は昔よりもセンスも悪くなったが、衣類は常に快適で居心地の良い状態をアシストしてくれる。1枚着ただけでとても暖かく快適が持続する。

 性差や年齢に捉われない服を着る事が増えたが、私はまだ20代の頃の服を時々着ている。

 公害で自然が破壊されず、美しい山と海は健在だが、気候変動でやたら暑かったり寒かったり大雨が降ったりもすれば、40年前には全く無かった、震度7クラスの大震災や大津波などの数百年や1000年に1度クラスの大災害が頻繁に起きるようになった。
きっと神々が怒っている。

 テレビは殆ど見る事は無くなったが、映像を見れるスマホやモニターは家の中に大量にあって、常時何かの映像は映し出されている。

 ラジオは意外とまだ聞いてる。BCLラジオもデジタル化してまだ進化している。

 生活に音楽は溢れてるし、音楽業界は斜陽産業になってるし、世間で何が流行ってるかサッパリわからなくなった。

 日本が誇るオーディオメーカーは殆ど消えたが、音楽はもっと手軽に気楽に高音質で聴けるようになって、昔好きだった曲を、昔と同じ感覚で聴けている。

 カセットテープもビデオテープもCDもフロッピーディスクも消えたが、音楽も映像も溢れるほど常に見る事ができる。

 大量に録画した番組のビデオテープは一切見る事は無く、殆ど処分したが、ビデオムービーで撮影した愛犬の映像は動画ファイルにしてPCで見る事がある。

 コンピューターは、本当に聞けば何でも答える全知全能の神的な存在になりつつある。但し嘘つきでボケをかましてくる。尚、自分でプログラムを組んで、作る楽しみは未だ健在だ。

 最速のコンピューターだと、量子コンピュータで条件次第では、40年前の最速のスパコンの、約1400京倍の速さになっている。明らかに次元を超越している。

 眼よりも歯を大事にしたほうがいい。高齢者は入れ歯が当たり前では無い時代になりつつある。

 死生観は物凄く変わっていく。今は(自殺や安楽死と言う意味合いでは無い)死も自分でコントロールできるのが理想だと思う。そのためにはまず大きな病気をしない事。

 老化の考え方も随分変わった。今は老化は回復力の衰えと認識している。人によってはこれもコントロールできる世界だと思う。

 人類はこの数十年で宇宙の真理的な事を幾つも解き明かしてるけど、おそらくまだ人間の科学技術は黎明期の域を出て無いし、地球の生命についても根源的で未知の部分は全く解き明かせて無いのだろうと思う。

 アメリカが国益の為に侵略戦争ができる国になった。属国の立ち位置が顕著になった日本も、戦争への参加を強要されるようになるだろう。また、中国,ロシア,北朝鮮とは米国が仲介して同盟国になるのかもしれない。それ位全く予測できない未来が待ってそうだ。

 中森明菜は現役でアイドル歌手をしている。

個人的な感じの話として

 Next StepのWSはついに買う事は無かったが、自宅に複数のLinuxサーバーやPCが常に動くネットワーク環境があって何でもやりたい放題ではある。

 今しかできないと思ってたような事は、形は変わってるけど40年以上後でも全然できるんだけど、当時は今しかできないと思って必死でやったから、今も色々と応用が効いてそこそこできるんだと思う。

 ソフトウェアエンジニアは昔言われてたような40歳過ぎたら定年で管理職と言う環境もあるんだろうけど、趣味でやってれば延々と新しい事もできるし、どんどん進化するし、ずっと楽しめる。

 中学生位に好きだった音楽は今でも好きだし、オーディオがデジタル化して進化した影響で、昔と同じような新鮮な感覚で昔と同じように好きな感覚で聴く事ができる。懐かしいから聴くのではなく、いい曲はずっと聴けるだけ。想像していたような演歌とか聴く気配も無い。

 何をしてるか想像がつかなかったけど、1日中暇かと思ってたが完全に真逆。時間が足りない事が最大の悩み。やってる事は20代後半辺りからあまり変わって無いし、若い時よりも遥かに忙しい。やるべき事はさらに山のように増えている。ただ、気力,集中力,持続力,時間が全く足りて無いので、できてない事だらけになってきている。

 理系の学生だし、当時まだ一般的では無かった四柱推命の占いの本(ワニブックス)に書かれてた自分の適職とは、生涯無縁なんだろうなと思ってたが、その適職ズバリの事が本業になった。人生ってのはわからないものだ。

 今は神戸ではなく姫路に住んでいる。しかも両親が要介護になって再び同居するようになったが、高齢者が生活の中にいる人生は色々な価値観も変わって、豊かなものになっている。

 老化と言うのは確かにあるんだけど、全てにおいて老いる,劣化,退化するのではなく、高齢者が変化する心身と環境にあわせて成長,進化する事が老化であって、おそらく人間は死ぬまで成長する生き物だと言うのを、要介護の高齢の父を見ていて確信している。

 回りの期待に応える事も大事かもしれないけれども、自分で決めた事ならばそのまんまでいいし、それがいずれ一番大きな財産になる。

 若い頃は今が自分のピークと思ってる事が多かったが、そんな事はなく、常に今がピークが正解かもしれない。あと、高齢の父を見てると、人間は90代以降が一番幸福な時期なのもかもしれないと思っている。

 昔は祖父と父或いは父と母などで口論が絶えない喧噪的な家庭環境だったが、今はジョークや議論的な会話が日常的にできる家庭環境になっている。

 親や祖父を見ていたので、色々と後悔してる事も多い人生になるだろうと思ってたけど、予想以上に無い。生きる事についての個人の価値観が多様化したからだろうと思う。

 会社経営も終えたけど、まだまだ先の未来の事をあれこれ考えて生きている。自分がしっかり生きる事が、家族,親族が生きていくためにもとても大事な事だと理解している。

最後に

 因みに、10年前や20年前の自分に対してだと、また結構違う内容になったりしますね。

時代を読む事も大事だし、乗れる運も必要だし、やり切れる能力も必要ですが、目の前を通りすぎたチャンスってのは幾つも限りなくあって、ほんのちょっとの事で現在が大きく変わってる事も幾つもあると思います。

 できればあと40年後にも、同じようにこんな感じで、昔の自分に何かメッセージを出されるほどの能力を維持できればなぁと思ってたりしますが、それより先にウェブが無くなったりしてるかも?しれませんね。

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