東日本大震災関連の個人的記録

2011.03.22

3月11日の発生から12日が経過した。地震発生直後からネットを通じて状況を確認し、津波の被害の甚大さも早い段階で理解した。
この編集室でも翌日から関連記事を掲載し、Koossでも、特設:東日本大震災被災者支援情報のページを設置した。

当時住んでいた須磨区でも近隣家屋の殆どが全半壊し住民にも死者を出した阪神大震災を経験した者としては、報道では伝えられない、或いはマスコミ関連の人間にはわかり難い現地の被災者の痛みと言う視点に軸足を置いて、今回の震災を見ている。

このページでは、東日本大震災の報道などを見て感じた事、思った事を、率直にメモ代わりに残しておきたい。

今回の震災は、M9.0の海底地震による津波被害が主体だが、その予兆らしき物はあった。

3月5日に茨城県鹿嶋市の下津海岸に小型クジラ(カズハゴンドウ)が50頭以上打ち上げられていたと言うニュースがあった。原因については、海中で発生した低周波音により方向感を無くして砂浜に打ち上げられたのではないかと言う話もある。

明らかな地震の予兆とするには情報が乏しいが、砂浜に打ち上げられるまで進んでる先が海では無い事もわからないほど、小型クジラをパニック状態にさせた何かがあったのではないか、などと門外漢ながら考える。

その他には、行徳のFM波の一部で影響を受けているのがあったのかもと言う程度でよくわからない。地震のエネルギーは最大級でも海底だったと言う事で地震予知に繋がる現象は限定的だったのではないだろうか。

不幸中の幸いは、地震その物に関しては震度6強でも大多数の地域では横揺れだった事。地震発生直後の一般市民撮影の屋内での地震の様子を撮影した動画を見たが、確かに横揺れで一般の家屋ならば地震対策で被害を最小限に抑えられただろうと思う。だが、もしこれが縦揺れだったならば、壊滅状態の自治体もあったかも知れない。

個人ボランティアが役に立たないと言う話がネット上に流れた。

「阪神大震災の時もそうだった」「役立ったのは自衛隊だけ」みたいな話だ。もちろん、阪神大震災体験者による弁では無く、どうも又聞きなどした(らしい)者による弁だ。仮にもし本人だとしても、年齢が30代半ば程度迄ならば、当時は世の中の事も殆どわかってない20歳未満と言う事で、多くは大したボランティアもしてないように思う。

ご存じのように当時は旧社会党の村山政権下で、派遣の前例も無く、自衛隊派遣が遅れた事が死者を増やしたと言われた。地震発生直後からの、がれきの下に埋まってる人の救援活動は近隣住民などが主体で行った。全く救援が無いんだから当然の話です。因みに当時の調査では救援されたのは、自力30%,ボランティア30%,隣近所30%で公的機関の救援は数%未満です。参考 震災10年に思う

そう言った本当の人助けが自然発生的に起きる中で、ボランティアも自然発生的に増えていったように思う。避難所で頑張るおばちゃん達の姿は、今回の東日本大震災でも幾度も報道されています。自衛隊が本当に役立ち皆が感謝したのは避難所に設けられた自衛隊のお風呂だったような気がする。その後、避難所暮らしが長期化してきた時、自衛隊に感謝する人が大多数になっていったように思います。

今回の被災地への支援物資輸送が手間取ったのも、1つは全て自衛隊任せだった事が理由ではないかと言う話がある。

土地勘の無い非民間の自衛隊が適切に効率よく輸送できない事で、行きやすい避難所のみに物資が届き、逆に物資不足が起きている避難所が生じたと考える事ができる。ネット上には地図を見ながら運搬したらしいと言う記事もあった。それへの対処か、数日前に自衛隊員が道案内的な地元ドライバーと協力して運搬を開始したなどと言う内容のニュース報道を聞いた。
民間ボランティアと言っても、その道のプロもいるのだから、全面的に規制した事で支援がスムーズに行かなかった面もあるのではないだろうか。そして今現在の避難所では、大量の支援物資が届き、仕分け人員が足りずに困っている所が増加している模様だ。今度は本当に若い個人のボランティアが多数必要になってくる。

トップダウンで現場からのボトムアップが上手く行って無い事などが原因なのかなと言う印象を受ける。

お笑いタレントなどにも指摘された、作業服(?)や、会見での丁寧過ぎるほどの喋り方は、決して悪い事では無いが、対応のまずさからパフォーマンス的にも見えてしまう。もちろん節約は良い事で買い溜めは論外だが、”食”に関して個人の身を守る為の究極の対策は、欧米型の食生活をやめ、少量の食事でも健全な肉体を維持できるパフォーマンスの高い昔の日本人に戻るように日々努力するしか無い。輸入食材に頼る日本が自給自足できない事での危機は随分前から告知されている。

また、震災発生直後の救援物資に、集めた電池(乾電池+充電式電池)計190万個を、政府は被災地には発送していなかったと言うニュースもある。自治体からの要請が無かったから送らなかったそうだが、これは阪神大震災の時にも聞いたようなセリフだ。因みに、あの時政府が送らなかったのは自衛隊でしたが、当時色々な方面で聞いた話ではそう言うオハナシではありませんでした。今は、自治体からの要請無しで政府は送れず、当時の自治体(兵庫県)は通信機器の破損で連絡手段無しと言う話が一般的になっていると思われます。

ネットでは、支援は物資よりも現金(募金)を薦めるかのような記事も多数見たが、現金(義捐金)はずっと後にならないと分配は無いのは阪神大震災の時と今回も同じ。お金で今困ってる人を救う事は出来ない。被災者にすぐに役に立たない。今、寒くて着る物が無い、食べる物が無い、薬も無い、その辛さがわかっているからこそ、まずは十分な物資なのです。でも、お金(予算)があって物資を調達しても、尚且つ送れない「ルール」優先の状況には言葉もありません。

いずれは避難所で物資が余り、処理能力が無くて困る行政の立場を配慮するよりも、今、物資が無くて困っている被災者をまず助けるべきじゃないだろうか。(イマドキのリサイクル社会ならば、余った物資は業者に現金化して貰えば済む簡単な話でしょう。まさか、それも「ルール」などでできないのでしょうか。)

今一番気がかりのは、福島原発だ。

放射線量は福島県及び近県の放射線量 をここ1週間程度毎日確認しており、仮に近県に住んでいたとしても注意すれば良いレベルなので個人的にはさほど気にはしてないが、体内被曝の可能性のある放射能の影響にはかなり注目している。

本日の東電の未明の会見で、原発の排水口から規制値の126倍の放射性物質を検出したとあった。具体的に、海洋にどのような影響があるのか、現状どこまで拡がっているのかがわからないが、これは2000t〜3000t(トン)の海水を冷却の為に核燃料プールに注入した後の数値であって、(そんなに大量の水が水蒸気になったとは考えにくく、大量の水があふれ出て無いと言う事ならば)それ以前に核燃料プールが破損しているなどで水が漏れ出ていたとしたら、初期の段階でより高いレベルの放射性物質による汚染があったとも考えられる。

また、現在原発の冷却機能の回復作業が進められているが、もし1基でも冷却機能が回復しなければ、このまま海水で冷却をし続けると言う事になる。果たして塩分を含む海水で損傷を与えずに長期間も冷却が可能だろうか。今朝の報道によれば、作業は難航にしているようだ。

ここで気になるのが、リモコン操作で100m先からアームを使ってピンポイントで注水可能なドイツ(ベンツ)の特殊車両が導入されたと言うニュースが思い出される点だ。現在この車両が原子炉冷却の為に注水作業に携わっていると言う報道は聞いた記憶が無い。しかし、この特殊車両、その時のニュースによれば、チェルノブイリの事故の時にも活躍したらしい。何に活躍したかと言うと、原子炉をコンクリートで埋める作業に活躍したそうだ。

このベンツの特殊車両が数日前に投入されたのは、実は(コンクリートで原子炉を封じ込める)最終段階を想定しての事だったのかもと考えている。丁度本日、中国からも原発にコンクリート注入ができる大型のポンプ車の提供と言う報道があった模様。海外の政府は福島原発をそのように見ていると言う事だろう。

推し量りようの無い痛みを推し量りつつ、応援の声をかける言葉の重み。

現地に行きもせず、見もせず、今は不用意に「頑張れ」とは言い難い。もちろん、家族全員無事で元気だった方々は、これからの被災地の復旧に向けて頑張って頂く事になるとは思いますが、家族や大切な人を亡くされた方や、救えなかった方が数万人規模で出る事が想定される大災害です。

失くした物が戻って来ない人は、頑張りようがありませんし、言葉も真っすぐには届かないでしょう。

しかし、それでも頑張って生きていけるように、応援する重みを理解しながら、応援を続けていかねばならないのだろうと思います。

神戸は震災から16年になります。街は十分に復興しました。でも、そこに住む人が元通りになった訳ではありません。明るさや活気と言う面においては、以前よりも元気が無い社会になったと思います。

今回の震災で被害を受けた方々が、元の生活に戻れるには、果たしてどの程度の時間が掛かるだろうか。また、それまでずっと皆が忘れずに、ちゃんと支えられているだろうか。

「阪神大震災は笑った」のような酷い内容の掲示板スレッドがネット上に乱立したが、これは「いつまで震災と言っているんだ」と言った類の意見がまかり通った事によるもの。震災が自分の中で終わって無い者は、多分一生終わらない。

今、東日本大震災ではそのようなスレッドが消される傾向にあるが、果たして10年後、20年後、震災をあまり覚えていないような世代が増えてきた時、せめてそのような心の無い、(何が面白いのか、サッパリわからないが)面白ければ何でも良いかのようなスレッドや、被災者目線を否定する記事が存在しない事を心より願う。

神戸の長田の街を歩くと、いつもと違い、どことなく,やや重い空気が漂っているように感じる。それは毎日の大震災報道を見て不安に感じていると言うよりも、喪に服していると言う感覚に近いような印象を受けます。

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