長田区震災追悼行事”1.17KOBEに灯りをinながた” 2010年1月17日。

2010.01.17

1.17 ながた の文字

 今年も、JR新長田駅、ピフレ前の新長田駅前広場で、”1.17KOBEに灯りをinながた”が実施され、少し撮影してきました。
昨年と比較すると、”1.17 ながた”の文字のサイズが一回り小さくなっていたように思う。左の”な”の位置も、右の”た”の位置もやや内側になっている。また、行事の開催内容も縮小されており、お年寄り達の話では、炊き出しでは、コーヒーやぜんざいなどは廃止されていたようで、残念がっている声が聞けた。

新長田駅ピフレ前の広場参加人数は決して少なくは無く、”1.17 ながた”の灯りの文字が人だかりで、手前ピフレのビルの上からも全体が中々見えない状態が続き、また、昨年以上にビルから見る参加者も多かったように思います。

なんとか見える程度に撮影できたのは、太鼓などのライブが全て終了し、帰宅する者も増えてきた、点灯後2時間以上経ってからで、それが右の写真です。

今回も昨年に引き続き、ペットボトルを活用した灯篭になっている。
中央区は昨年同様に竹筒を使っている。竹は援助頂く地方の方から無償で頂けるそうだが、処分費用がかかるため、コスト削減の為に長田区ではペットボトル+アルミホイルというスタイルになっている。

ペットボトルを有効活用した、手製キャンドルによる灯篭今年は、蝋燭の蝋を卵ケースの型で取り、風に強く消えにくいキャンドル風にしたらしい。蝋燭の蝋も企業からの支援で頂けたものらしい。それでも、あれだけ美しい灯りが出来上がる。

あるものを有効活用し、低コストで無駄無くうまくまとめているのは、産業の街、長田の遺伝子が残っている証なのだろうと思う。

日本全国で大地震に対して注視する状況が続いている事や、震災関連の番組も多かった事もあり、今年は『いつまで、震災の話をしてるのか?』と言う、無神経な声をネットで目にする機会が無かったような気がする。震災の記憶はそう容易に消えるものでも無い。それは言うまでも無く、地震の物理的な衝撃と言う単純な話だけでは無い。そこには、震災によって失った、家族、財産、人生があるのです。

灯篭を見守る人たち。他方で、被災者の中には、マスコミや行政,消防,警察などに対して、不信の念を拭えずにいる者は、今も当時の事をあまり話さず、ネットにも書かない者もいるのだろうと思う。

数年前にスタッフだった自宅が全壊した長田区在住の女性も、震災特番は一切見ないと言っていた。震災を思い出して悲しいのでは無く、報道の嘘などよる腹立たしさ故との事だった。

震災に限った事ではありませんが、過去の出来事は、都合良く利用出来る立場の者が、都合良く美化するのが歴史というものです。

今年は震災から15年目の節目を迎えました。
行政が行ってきたハード面での主な復興事業は殆ど終えてるように思います。復興の名の下に、犠牲にしていた個人の感情や言葉があるならば、それをも伝えて行くのが、これからの”震災を風化させてはならない”事に繋がるのかも知れません。

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