田原さんの番組

2004.06.06

  ここの所、ガンコジジイっぽくなってきてて、益々個人的に見るのが楽しみな日曜日の番組になっています。で、石原都知事の発言で、「メール感覚で」と言った表現がありました。国民にわかり易く、”簡潔明瞭にスバリ”と言う事なんでしょうけど、私には、『え?』です。

普段書くメールは、完全なサイト運営者間での連絡や、質問などへの案内でも、20行以上。ちょっとしたメールなら100行近く書く事も珍しくありません。言葉遣いと言うか、文章の表現方法は違いますけど、この日記と同じような感じでしょうか。

基本的にメールは誤解を生み易いので、欠けた文章を読み手が補う必要性がどうしても出てきます。それを(相手を)思いやって、最初からわかり易く忠実な文章を書くんですよね。それが抜けるから、トラブルが起きる。最近は殆ど無くなったメル友の事件にしても、短い携帯メールが原因。何も明確な情報交換がなされないまま、妄想の世界にさ迷い込み、会ってしまう事で起きる悲劇。(因みに、当サイトのメル友募集掲示板では、短文では募集も応募もできないようにわざとしている。当然携帯アドレスでは利用できない。もちろん、会う事が前提なら参加できない。メル友募集の為の掲示板であって、テレクラなどでは無いのですから。)

これは一般の掲示板にしてもそう。昔、草の根BBSの時代は、オフ書きが主流だったので、レス先だけで無く、過去ログも含め、全ての流れを数十分から、場合によっては数時間程度かけて読んでから、レスを何度も書き直し、読み直してから、ネットに繋げてアップしていた。だから、100行ほどのコメントになる事だって決して珍しくは無かった。その結果、議論などが白熱し、喧嘩になるような事もあったけれども、それで荒れてると言う感覚になる事は決して無く、逆に真剣に真面目に考える参加者が多く、良い事とみなすほうが、圧倒的に多かった。

今は掲示板にしても、1〜2行のレスが圧倒数。長文はあたかも攻撃的な荒らしであるかのような短絡的な決め付け。チャットにしても同じ。これでは、お互いの距離は、見せ掛けの部分のみしか縮まらない。一旦何かトラブルを起こすと、全く収集がつかない。

ネット上の事は、ネット上で解決する。許容できない意見の食い違いを徹底的に納得するまで議論できる極めて安全な場であったのに、それが『駄目!』と言うような風潮があるのでしょうか。ネット上で解決できずに、実世界で解決しようとすると、暴力的なメディアに感化された、人間として未熟な者ならば、長崎の事件のような悲劇を生むかも知れません。これは、決して、小学生だけの問題でも無いかも知れません。

無料blogで紹介されている個人のblogからトラックバックをつたって色々と回ると、この事件に関する長文の記事を多数目にする。確かに、三流マスコミ週刊誌的な、恥ずかしげも無く、いやらしい記事を書く者も中にはいて、それに対しては閉口せざるをえないが、このような事が起きない為に自分達ができる何かについて、意見や知恵を出しあっているのが圧倒数だろう。そして、何よりも、大半が読まれる事を意識した、読み手の気持ちを考えた上で書いているような長文である点が、このような事件を防止する上でも、歓迎すべき事なのではないだろうかと、ネットの住人としては思う次第です。

無料サイト集 Kooss (run)記

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