ブログの功罪か 無知であり続ける事。不知を装う事。

2005.09.14

 本日2つめ。この編集室の日記や、ブログに思うなどでも述べていて、新鮮味の無い話ですが。

日本版ブログは、”日記コミュニティー”ですので、『心に思う素直な所を自然なまま文章にするスタイルのどこに非があるのか』と開き直られるとどうしようもありません。例え、その本性が、一般人を装った作為的な扇動などであったとしても。ただ、大多数はそんな事は無いし、逆に米国のように、ネットからの政治やマスコミの過ち等に対する発言力としての潜在的な存在価値を言う人も多く、期待できます。しかし、実際はその逆。扇動されているケースのほうが目立つ傾向。まだしも営利優先の陳腐なマスコミの良識のほうが勝る。そんな図式。

少しきちんと検索すりゃわかるような、大嘘をあたかも真実として信じきってしまうような、知らない人が知らないままで良しとする事を是正しようなんて、そもそも無理がある土俵が出来てしまっているんじゃないだろうか?

他方、では知らぬふりして注意を促さないと言うのも確かにそう。しかし、数が多すぎてとてもじゃないし、法的に今はそう簡単に言い辛いし、そもそもネットの暗黙的ルールすら学ぶ機会を失った者が、果たして聞く耳を持った相手である筈は無い。正しく馬耳東風。

今は、個人の刹那的で一瞬のふわりとした気持ちのほうが、物事の本質や真実に勝る。本人にとって、その時そう思った事のほうが大事で、それによってどこの誰が迷惑を被り、もし、犯罪を助長させる結果になったとしても、何もおかまい無しなのだ。

自分さえ良ければ何したっていいと思ってるのが、その張本人である事に全く気づいていない。

あぁ、勘違いして欲しく無いのは、我に正義が有りなどと豪語している訳でも無いし、自分はどうするなどの意思表明でも無い、ましてや魔女は誰だを探すような悪趣味も持っていない。これは愚人による現状観察の愚痴みたいなもんだ。もちろん、ウェブサービス紹介サイトとしての、無料サイト集管理者として本当は何をすべきかわかっている、こちらから見えている世界の愚痴や苦言を書き連ねる事では無く、夢や希望が垣間見える物にする事のほうが遥かに重要な事なのだ。しかし、人間の夢や希望は、人間の欲望を満たす事と必ずしも一致する訳では無いし、一致点のみに依存した表現ではいけない。そのほうが遥かに楽である事はそうだが、その安易な結びつきに安住している事による弊害が大きくなってきているし、そもそも最初からわかっている事だ。要は、ウチのようなひと吹きで消し飛ぶような弱小サイトは、良識あるウェブオーナーに支持・支援などで助けられてきたウェイトが大きかったと言う事で、逆に言えば、そのような良識を持ったウェブオーナーが減った、或いは目立たなくなってきていると言う事なのだろう。ブログのみを悪人にするつもりは無いが、これも”考えないブログ”の影響が大きい。

実のところ、これに関しては、『どこが』『何かが』は期待していない。政治的な介在は余計にわかりにくくするだけに思える。大きな社会の動きと共に、僅かづつながら成熟を期待するしか手は無いのではないかなと。もちろん、こちらが被害者になれば、徹底的に闘いますよ(笑)

たまには、考察するのも面白いですよ。

無料サイト集 Kooss (run)記

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