朝生 元帝国軍人第2弾

2005.08.06

 昨日から今朝にかけ、本当に久しぶりにテレビをよく見た。参議院郵政民営化特別委員会質疑の国会中継に始まり、TBS特番ヒロシマ、日テレ火垂るの墓(何度見てもいい作品だと思います)、そして、テレ朝の朝まで生テレビ 元帝国軍人第2弾。

今回出演された元軍人の方々は、丁度私の父とほぼ同世代ですので、考え方は非常に明快でわかり易かったです。述べられていた中で重要に思った点の1つは昨今の日本人の、精神論と国土への愛(美しい日本の山、美しい日本の海を愛する心)の欠如辺りでしょうか。精神力と言うと私には説明は難しいのですが、例えば、正座する事が、最近は罰となってると聞きますが、それでは精神力を養う事はできません。正座をする事にしても、例えば、自分(或いは誰か)と正面から向き合う豊かな時間と言うか、場と言うか、また、それが当たり前の日常であると言うか。(本来、日本人なら座れば正座でしょ。と私は思います。) 精神力については、長くなりそうなので、何かの機会にまた書こうとは思いますが、精神力は生命力を支える大きな要素ですので、精神力が弱くなると言う事は、自力では生きていけない人間が増えると言う事です。(同じ戦前・戦中派でも、明治・大正・昭和で、それぞれ人間が異なり、番組でも元軍人の方々で”尊敬される云々”とされていた、世代である、明治の人間は、更に強い精神力を持っていたと思います。因みに私の祖父なども明治の人間でしたが、本当に今の日本人と昔の日本人は、良し悪しは別として、人間が違います。)

番組では、日米開戦、太平洋戦争の原因についても触れていましたが、そもそも、あの戦争は避けて通れなかった物である事を、私も子供の頃から再三聞かされています。実質的には、ハルノート(実質的にはソ連で作成された物らしい。参考:ハルノートを書いた男 因みにこの本は絶版なので、中古本などで探して下さい)が宣戦布告だったと解釈される方も多いようです。米国が容認していた筈の日本のアジア進出を否定する、満州、中国(当時のシナ)やインドシナなどから軍の撤退と利権放棄を要求をされれば、(植民地化され奴隷として生きるしか無いかのような考えを持っていた人も多いのではないでしょうか)日米開戦止む無しと言う方向に向かっても仕方無かったのでしょう。

そこで、このような戦争の仕方で近年思い出すのがイラク戦争。イラクのクェート侵攻時、米国とイラクの仲はさほど悪くは無く、また、当時のフセイン大統領はイラク駐米大使に、クェート侵攻の了解を取った上で行ったと記憶しています。(TV報道もされました)にも関わらず、米国は(現ブッシュ大統領の父で同大統領の決断で)派兵し、その結果、現在の混沌のイラクに至っています。

イラク戦争の目的は、原油の利権や原油価格への強い影響力だろうと思っていますが、では同様な思惑が、日米開戦にあったとするならば、中国・アジア市場だったのか、新兵器の原爆を持つ米国の国際社会への誇示だったのか、或いは(素直に現状から考察して)日本を取り込む事だったのか、愚人の私には良くわかりません。最大の理由がハルノートとするならば、日露戦争への(ソ連の)報復、或いは日米の弱体化を狙った物だったと言う事になるのでしょうか。

動く物なら、民間人でも女・子供も機銃掃射で虫けらのように撃ち殺され、京都を除く主要都市は焼かれ大型爆弾を落とされ焦土と化し、沖縄は民間人の大量殺戮の上、占領され、広島・長崎へは凶悪な原爆を落とした米国であっても、戦前・戦中派の方々の中で、それほど今も恨み辛みを持っている方は意外に少なく、逆にこれほどまでの奇跡と言われた経済発展を遂げる程になった事で、戦後日本の発展に大きく貢献した米国に感謝をしている人のほうが多いと言う現実のほうが重要なのだろうと思います。

日本人は日本人としての誇りを捨てた代わりに、日本人として幸せな生活を営める今日があるのでしょう。それを肯定するかどうかは別の問題として。

今日がヒロシマの原爆投下の日です。当たり前の事ですが、大量無差別兵器を投下した米国を非難し、この悲劇を忘れない事も極めて重要ですが、素直に鎮魂と平和、核廃絶を願う事はもっと大事です。

気になっていたので、1つ追記ですが、番組の中で遙洋子さんなどが、しきりに『なんで、そこまで(自分を犠牲にしてまで)戦争を?』と言う問いへの回答にあった『日本民族・日本の国土への愛』ですが、”家族愛”と言う事で理解を求めていました。近年の戦争関連のドラマ番組では、愛する人や家族をも守る為と言う点が強調される事で現代人へも共感を得ていますが、当時は、国土への愛を強く持っていた方々も少なくは無いでしょう。逆に、今の家族愛と言うとピンとこない方々もいるように思います。(そもそも、当時の若い世代では、今と比較し、恋愛経験すら無い人も少なく無く、現在の定義される”愛”を理解していたかと言う点も甚だ疑問です。逆に、民族や国土への愛と言うのも、今の世代では全くわからない人も多いでしょうが)

『お前みたいな子供は○○家にはいらん。誰か捨てて来い』と家長が命令すれば、本当に誰かが捨てて来るような時代です。また、子供(達)が自由に開放されるのは、管理者の目の無い、山・野原や海程度で、しかも今の日本とは比較にならないほどの美しさと豊かさに癒しがありましたから、そこに”愛”を感じても何もおかしくは無いでしょう。これらはあくまで例ですが、今の日本の家族関係や子供の権利と同じ条件で考えると根本から間違えるでしょう。当時は人身売買すらあったような、或いは子供を簡単に捨てられたり、逆に拾ったり貰ったりして育てたりと言うような事も少なくは無かったと聞いています。当時はそれだけ人命と言うのが軽かったと言う点が、特攻隊への志願者数が多い事などにも伺えると思います。

”人権”と言うと近代では差別云々が中心になりがちですが、”基本的人権”が掲げられたのは、戦後、昭和22年の日本国憲法からであり、それ以前の国民は、自由民権運動を阻害する事が目的であったともされる、大日本帝国憲法に基づいた、”臣民の権利”が与えられていたに過ぎない事を、押入れから歴史を教科書などを引っ張り出してきて明治維新の歴史を再確認するのもいいかも知れない。もちろん、不幸にしてアジア侵略となってしまった、大東亜共栄圏思想の基礎とも言われる、征韓論が既に幕末よりあった点も忘れてはならないだろう。

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