この世に無駄な…

2005.08.26

 『この世に無駄な物は無い』 『この世に無駄な事は無い』 『この世に無駄な人はいない』 などなど、色々とありますが、ちょい書く前に徘徊すると、そう言い聞かせるかのような内容の日記などが多かったので、ちょっとこれから私が言いたい事とは違うんですが。

結論から先に言えば、この世のあらゆる出来事は全て繋がっているので、一見すると無駄と思える事も無駄では無い。と言うのが、確か一般的な解釈で、確かに完璧な無駄は無いんですが、物事を有益か無益かに分類した場合、無益な物と言うのは、その意味するところの”無駄”と言う事になります。生活でも日々大量のゴミを出し、浪費をしている訳で、これは無駄な分類に入らざるをえず、実際は無駄が存在します。そもそも、本当にこの世に無駄が無いならば、無駄と言う言葉は存在しませんからね。

さて、そんな人が生きる為に持つ知恵への屁理屈は、どうでも良くて、『この世に無駄な物は無い』と思える場合、そう言い聞かせている訳では無く、普通に思える人はきっと幸せで不安を感じていない。即ち、自分の人生の運命に、たとえば、あってはならないと目を覆いたくなるような、或いは記憶が失せてしまうような、そのような自分の人生を否定してしまう程のような事が、その一定期間には起きていないから、そう思えるケースがあると思うのですが。他方、では、幸せで何一つ不満が無ければ、万人がそう思うとは限らず、逆に『消してしまいたい』などと思う人もいるんですよね。これを、満ち足りている故の贅沢と言うような解釈をする人もいますが、そうでは無いでしょう。絶対的な幸福の価値観の違いでしょうから、結局『人は人』として、他山の石としかしようが無いのですが。(そう言う意味では、ウォール街の影響か何か知りませんが、最近やたら耳にする、”創造のための破壊”の類も私は、ストレートな肯定はしないですね。創造のための成熟(更なる成長)として、結果生じる、変異・変種・変化のほうが歴史的に見ても日本人らしいんじゃないでしょうか。)

『この世に無駄な物は無い』 などと素直に思えるのは、極めて幸せな事だろうと思いますので、そんな事を思う時には、道の先には、いきなり断崖絶壁が待って無いか、注意深くしないといけないのでしょうね。少なくとも、このような意味不明な無駄口を叩き書き記す事が、本当に無駄にならないように、あらためて自戒の意を込めて、そう思っておくべきかななどと思ったりしています。

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