若者の特権って何だろう。

2009.03.22

土曜深夜のシャベリ場の特番(?)真剣中年しゃべり場に、富野氏が出てたので、富野節が炸裂しないかと期待しながら、奥様に付き合って最後まで見てしまった。
残念ながら最初だけ、ちょい本音で(『良く言ってくれた。その通り』by 心の声)であとは普通に「(若者向きの)テレビですから」みたいな感じでさほど面白みは無かった。
間違いなく、中高年が真剣にしゃべる場では無い。ただの番組。

ただ、番組最後に、30年前のNHKの若者討論番組に参加したメンバーの同窓会らしきものがあって、半世紀以上を生きた者同士の、人生や生きると言う事を達観した会話が面白かった。
発言内容はごくありきたりで普通で、何も難しくは無い日本語なんだけど、そこにある中身の重みが、多分若者には伝わらないだろうなぁ。
多分、富野氏の叱咤激励なぞよりも、それが最も若者にとって重要な回答で、本当の意味で番組の肝になるんだけど、普通にそれがわかっちゃう若者は普通の器じゃないし、もし普通の若者でもわかってしまえば、若者らしくなくなるんだから、わからなくてもいいんですよね。

で、考えた。
そもそも若者の特権って何だろうか。

何もわからず何も知って無い癖に、全てをわかっていて理解しているつもりでいても許されるって事かなと。

確固たる根拠も無く、本当にどうでもいいような理由で、自分はこうだからこうなんだとか決め付けたり、誇大妄想的に自分を過大評価したり、逆に自分はもう駄目だとか思い込んだり。
自分は人とは違って特別こう言う状況でって人もいるかも知れない。誰にも理解される筈が無いとか。
でも、そう言うのも含めて、実は殆ど多くの大人がそうであったのですから、同じように十年もすれば、わかってくる事ばかりで、その内、当時の悩みや自信・慢心の理由が何だったかすら理解できない自分になるんですよ。それが大人になるって事です。

そこで、世間では若者の特権をどう思ってるのかなと思って検索すると、”思い上がりは若者の特権だ”とあった。
映画ペリカン文書の名言集らしいが、まさに名言。短く綺麗にまとまっている。

この編集室では、私は未だに思い上がったような事を書きますけど、若者の思い上がりとはちょっと違って、達観する機会が増えた事が起因している。
物事の本質が見えるようになってくると、相手に理解を得られる事に労力を費やす事は自然と減るんです。
もちろん、物事には幾つもの見え方があって、その1面である事は承知した上の断わりを書かないのが暗黙の了解であるのです。裁判じゃあるまいし、一々そんな面倒臭い事は書かないって事。ともかくくだらない。

番組最後で30年前若者だったどなたかが、述べられていたと思うが、人生において「どんな自分になるか」なんかよりも「毎日毎日をきちんと生きて行く事が大切」なんですよ。
しかし、そう言う気持ちになって落ち着く前に、いかに、自分自身すらも何も知らない若造が、わかったつもりで、思い上がった生き方を出来るかが、より重要なんですよね。

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